輝き続ける人々

元技術者が地域で築く新たな繋がり:デジタル活用支援で広がるセカンドキャリア

Tags: 地域貢献, デジタルデバイド解消, セカンドキャリア, 技術活用, 学び直し

定年後に見出した新たな社会貢献の道

私たちは今回、長年大手電機メーカーでシステムエンジニアとして活躍され、現在は地域のデジタルデバイド解消に尽力されている田中健一さん(75歳)にお話を伺いました。定年という一つの区切りを迎えられた後も、ご自身の培ってきた技術的な知見を地域社会のために役立て、活き活きと活動されている田中さんの姿は、まさに「老いてなお社会と関わり輝く人々」の象徴と言えるでしょう。田中さんは、いかにしてこの新たな道を歩み始め、どのような喜びを感じているのでしょうか。

デジタル教室開設の背景と実践

田中さんが現在の活動を始められたきっかけは、定年後の数年間、自身の社会との接点が減少していく中で感じた漠然とした喪失感だったと振り返ります。そんな折、地元の公民館で開かれた高齢者向けの交流会で、多くの人々がスマートフォンやパソコンの操作に苦慮している現状を目の当たりにしたといいます。

「それまでの私は、システム開発という専門性の高い世界で生きてきましたから、一般の方々がデジタル機器でこれほどまでに困っているとは想像していませんでした」と田中さんは語ります。「しかし、スマートフォンでの情報検索やキャッシュレス決済、あるいは離れて暮らす孫とのビデオ通話など、日常生活に直結する課題を聞くにつけ、これまでの私の経験が、もしかしたらここで役立つのではないかと直感したのです。」

この思いから、田中さんは地域のボランティアグループと協力し、公民館で「やさしいデジタル教室」を開設するに至りました。教室では、月に数回の集団講座に加え、参加者の個別の疑問に対応する個別相談会も設けています。田中さんの教え方には、元技術者ならではの工夫が凝らされています。複雑な専門用語は避け、日常生活でよく遭遇する具体的なシチュエーションを例に挙げながら、機能の意味や操作方法を丁寧に説明していきます。

「例えば、スマートフォンの設定変更一つにしても、ただ手順を伝えるだけでなく、『この設定を変えることで、バッテリーの持ちが良くなるのですよ』といった形で、その機能の『なぜ』と『どう役立つのか』を伝えるようにしています」と田中さんは話します。これにより、参加者は単に操作を覚えるだけでなく、デジタル機器が自身の生活をどのように豊かにするかを実感し、主体的に学ぶ意欲を高めているそうです。また、ご自身で作成された、図を多用し、ステップバイステップで解説されたオリジナルのテキストは、参加者からも高い評価を得ています。

活動を通して得られた変化と喜び、そして困難

この活動を通して、田中さんご自身にも大きな変化があったといいます。最も大きな喜びは、参加者の「できた!」という喜びの瞬間に立ち会えることです。

「最初は恐る恐る画面を触っていた方が、ある日突然、メッセージアプリでご家族とやり取りできたと嬉しそうに報告してくださった時などは、私も心から感動します。その方の世界が一つ広がったことを実感できる瞬間です」と、田中さんは穏やかな表情で語りました。

また、デジタル技術は日進月歩であり、教える立場として常に新しい情報をキャッチアップし、自身も学び続ける必要がありました。これは、現役時代に培った新しい技術への探求心と学ぶ習慣が、そのまま活かされている部分だと田中さんは分析します。

一方で、困難も経験されました。最も難しかったのは、参加者のデジタルリテラシーの個人差が大きい中で、全員が理解できるよう、説明のレベルを調整することだったそうです。

「ある方には簡単すぎても、別の方には難しすぎる。そのバランスを見極めるのが当初は大変でした。参加者の表情や反応を注意深く観察し、理解できていない様子であれば、すぐに別の表現や例に切り替えるなど、試行錯誤を重ねました」と田中さんは振り返ります。また、時には同じ質問が何度も繰り返されることもありますが、根気強く、笑顔で向き合うことを心がけているとのことです。この忍耐力と柔軟性は、システム開発における複雑な問題解決の経験が大きく寄与していると推察されます。

経験の活かし方と社会との繋がり

田中さんのこれまでの技術者としてのキャリアは、現在の活動に多岐にわたり活かされています。システム設計で培った論理的な思考力は、デジタル機器の操作手順を分かりやすく体系立てて説明する上で不可欠です。また、問題が発生した際に、原因を特定し解決策を導き出すデバッグ能力は、参加者の「なぜか動かない」といったトラブル対応に大いに役立っています。

「現役時代に、複雑なシステム障害を解決に導いた経験が、今、目の前の方が抱える小さな『困った』を解決する力になっていると感じます。技術は形を変えても、問題解決の本質は変わりません」と田中さんは語ります。

この活動を通じて、田中さんは地域社会との新たな繋がりを築きました。参加者だけでなく、地域の自治会や他のNPO法人とも連携を深め、デジタル活用支援の輪を広げています。デジタルデバイドの解消は、高齢者が社会から孤立することなく、情報を享受し、社会活動に参加し続けるための重要な基盤となります。田中さんの活動は、まさにその基盤を地域に提供する貢献だと言えるでしょう。

健康維持についても伺うと、「活動自体が適度な運動になっていますし、新しいことを学び続けることで頭も活性化されます。また、多くの人々と交流することで、精神的な健康も保たれています」とのことでした。無理のない範囲で、日々のウォーキングや読書も継続されているそうです。

未来への展望と読者へのメッセージ

今後の展望について、田中さんは「この活動を継続していくことはもちろん、今後は参加者の中から、教える側に回りたいという意欲を持つ方を育成していきたいと考えています。それから、より高度なデジタル活用、例えばプログラミングの基礎などに興味を持つ方へのステップアップの機会も提供できたら面白いですね」と、目を輝かせながら語りました。

最後に、読者の皆様へのメッセージとして、田中さんは次のように結びました。

「定年という節目は、確かに一つの大きな変化です。しかし、それは終わりではなく、これまでの人生で培ってきた知識や経験、スキルを、全く新しい形で活かすことができる、無限の可能性を秘めた時期でもあります。私のように、自分の専門分野を、少し視点を変えて社会に役立ててみるのも良いかもしれません。あるいは、全く新しい分野に挑戦するのも素晴らしいことです。大切なのは、社会との繋がりを意識し、一歩踏み出す勇気を持つことだと思います。きっと、そこには新たな喜びや生きがいが見つかるはずです。」

田中さんの言葉からは、年齢を重ねてもなお、社会との関わりの中で自己実現を図り、輝き続けることの大切さが伝わってきました。ご自身の持つ「技術」を「地域」という新たな舞台で花開かせた田中さんの生き様は、多くの人々にとって、新たな一歩を踏み出すための示唆に富むものでしょう。